今回は、分子の「王冠」を使って、結晶の籠の中身だけを入れ替えたお話です。βパイロクロア型酸化物KOs2O6は、OsとOからできた丈夫な籠の中にKイオンが入った物質です。Kイオンに対して籠が少し大きすぎるため、Kは籠の中で「ラットリング」と呼ばれる大振幅の振動をします。この運動は単なる原子の揺れではなく、伝導電子とも強く相互作用し、KOs2O6の超伝導や低温での構造相転移にも深く関係しています。そうなると、籠を壊さずにKだけを取り除いたら何が起こるのか、試してみたくなります。ところが、これがなかなか簡単ではありません。一般的なイオン交換では酸を使いますが、KOs2O6のOs–O骨格は酸に弱く、Kを抜こうとすると籠まで分解してしまいます。そこで登場するのが、18-クラウン-6という環状分子です。クラウンは王冠という意味で、名前のとおり王冠のような形をしています。この分子はKイオンを選択的に取り囲む性質をもつため、KOs2O6を18-クラウン-6水溶液に浸しておけば、籠の外からKを捕まえて引き抜いてくれるのではないかと考えました。実際、室温でゆっくり反応させることで、Os–Oの籠を保ったままKをほぼ完全に取り除くことができました。[1]

得られた物質は、化学式としては(H3O)Os2O6と書けます。それなら、籠の中にはH3O+、つまりヒドロニウムイオンが入っているように思えます。しかし、放射光X線回折と中性子回折を組み合わせて構造を調べると、実態はもう少し複雑でした。プロトンの一部は籠を作る酸素原子に結合し、中性のH₂O分子が籠の中央付近に閉じ込められていました。つまり、「H3O+が丸ごと入っている」というよりも、「籠に付いたH+と、籠の中のH2O」に分かれているようです。さらに、水分子は低温の3 Kまで冷却しても一つの向きに整列せず、いくつかの方向をランダムに向いていました。結晶構造解析は時々、単純な化学式の裏側に隠れた、少し意地悪な現実を見せてくれます。

図 (左)18-クラウン-6を用いたKOs2O6から(H3O)Os2O6へのイオン交換反応、(中) 中性子回折から求めたOs–O籠の中のプロトンと水分子の配置、(右) KOs2O6と(H3O)Os2O6の比熱の比較。Kイオンを除くと低エネルギーのラットリングが消失する

比熱を測定すると、KOs2O6で見られた低エネルギーのラットリングは完全に消えていました。超伝導転移や低温の構造相転移も観測されません。また、電子比熱係数はKOs2O6のおよそ3分の1まで小さくなりました。籠の形はほぼ同じなのに、中にいるKを水分子とプロトンに替えただけで、格子振動も電子状態も大きく変わったことになります。籠の中身は、決して単なる「詰め物」ではなかったようです。クラウンエーテルは有機化学や錯体化学ではよく知られた分子ですが、今回は酸に弱い無機酸化物から特定のイオンだけを穏やかに抜き取る道具として利用しました。この方法を使えば、これまで通常の酸処理では合成できなかった準安定物質にも手が届くかもしれません。王冠でイオンをつかみ、結晶の籠の中身を入れ替える旅は、もう少し続きそうです。
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[1] Topotactic ion exchange in β-pyrochlore oxide using 18-crown-6: structural incorporation of confined water in (H3O)Os2O6, J. Yamaura, M. Kofu, O. Yamamuro, M. Avdeev, Dalton Trans. 55, 11075 (2026).