-解説-
「水素誘起の超伝導を水素運動で観る」と書くとどう思われるだろうか。これは、非常にユニークなプローブを”発見”した話である。鉄系超伝導体は2008年に東工大の細野らのグループによって発見された銅酸化物に続く高温超伝導体ファミリーである。最初に報告された物質がLaFeAsO0.9F0.1で、Tc = 26 Kにおいて超伝導転移を示す [1]。その後、ドーパントをFからHに変えることによって、ドープ限界がFでの20%からHでの50%に大きく広がっている[2, 3]。実験の本来の目的は、この水素置換超伝導体の磁気励起を詳細に調べることであった。
実験は、J-PARC、MLF BL01(四季)にて、酸素を重水素(D)で10%置換したLaFeAsO0.9D0.1、及び、参照としてF10%置換のLaFeAsO0.9F0.1を測定した。両者は、全く同じ電子相図を有している。図1は、非弾性中性子散乱強度の逆格子空間とエネルギーのマップで、強度を色で示してある。左からD体、中央がF体、右がD体のデータからF体のものを差し引いたマップである。上側の列が6 Kつまり超伝導相、下側が41 KでTcより高い常伝道相にある。一目でTcの上下、さらにD体とF体で違いがあるのがわかる。磁気励起は、このスケールでは見えないほど弱い。つまり、図1(a, b)で見えている励起はかなり強いものである。しかも、D体でのみ超伝導と明確に関係している驚きの結果となった。
この励起の起源は何であろうか。D体でのみ観測されていることから水素起源であることは明白であるが、どこから来るかが問題である。電子状態計算から、図1(a, b)の励起をもたらす水素は、格子間に存在していることが示唆された。Tc前後で変化する励起は、この格子間水素の運動が起源なのである。母物質LaFeAsOへの電子ドープにより超伝導を誘起する水素アニオンは酸素サイトを置換しているので、この物質には、超伝導をもたらす水素と超伝導のプローブとなる格子間水素の2種類が存在していることになる (図2)。酸素サイトにある水素由来の励起も存在するが、100 meV付近のエネルギー域にあり、Tc前後での変化はない。また、Dだけでなく合成上わずかに混入した軽水素(H)も含まれている。
水素運動で超伝導をどう検出するかであるが、図1(e)の差分スペクトルの線幅とピーク位置の温度変化を描いたのが図3である。これらは、図1(e)のマップのQ = 2.15 Å-1付近を切り出したスペクトル(図3左端、右端)を解析することで得ている。UモードがH、MモードがD起源であり、HとDの存在比(1:50)と散乱断面積比(40:1)により、ほぼ同じ強度となっている。この2本のモードの線幅は、Tcよりも低い温度で変化し、かつ、その変化する温度がそれぞれ異なっていることがわかる。これは、緑のラインでプロットしてある超伝導のBCSギャップとピーク位置が交差している温度で起きている。実は、水素運動起源の励起エネルギーが超伝導ギャップ内にあると、水素と伝導電子の相互作用が減少し、励起寿命増大に伴い線幅が減少する。このメカニズムによって、超伝導を”観測”しているのである。得られた超伝導ギャップは7.8 meVとなった。このプローブは、粉末試料で測定可能、不純物にも強い、表面状態も問わないというこれまでにない特徴を持つ。
最後に、水素運動起源の励起エネルギーについて述べておこう。格子間水素は、実は1.1 Å離れた4つのトラップサイトを持っており、そのトラップサイト間を量子的に飛び移っている。通常、これは量子トンネル現象として知られ、2つの状態間の遷移によって水素準位に分裂が生じ、その分裂幅に合うエネルギーで励起が観測される。しかし、U、Mモードのエネルギーは、これまでトンネル励起として報告されているものよりもはるかに大きい。様々な考察の結果、水素の最低準位より高いエネルギー状態から生じる量子ラットリング運動という現象で説明できることを見出した。ラットリングの語源は、赤ちゃんのガラガラで、まさにガラガラ鳴るイメージで水素が運動(ただし量子世界の話で、実際に動き回るわけではない)している。この状態は、3つ以上のトラップサイトがあるときに生じる独特の現象であるが、鉄系超伝導体には常に適用可能と推測している。このように、超伝導の観測に加えて、新しい水素の運動モデルも提案することとなった。
参考文献
[1] Y. Kamihara et al., J. Am. Chem. Soc. 130, 3296 (2008).
[2] S. Iimura et al., Nat. Commun. 3, 943 (2012).
[3] M. Hiraishi et al., Nat. Phys. 10, 300 (2014).
[4] J. Yamaura et al., Phys. Rev. B 99, 220505(R) (2019).
[5] MLF月間報告 2019年6月