妙なタイトルですが超伝導のお話です。一般向けの話から始めます。全ての超伝導体は電子をペアとするための”のり”を持っており、この”のり”によって通常と全く異なる電子状態へと変貌し、電気抵抗の元になる不純物をすり抜けるという摩訶不思議な現象を示します。ある温度で電気抵抗がゼロになるという劇的な変化であるため、古今東西多くの科学者の興味を引き付けてきました。非常に興味深いのは、この”のり”の起源が何種類も存在し、とにかく電子のペアができればよいという点にあります。
この”のり”の起源として現在主に考えられているのが格子振動と反強磁性です(他にもあります)。前者は原子の熱振動、後者はスピンを反対に向いた対として揃える力です(磁石のNS極を反対に揃えるイメージ)。銅酸化物に端を発する常圧高温超伝導体はこの反強磁性を起源としており、その多くは電子やホールなどが存在しない反強磁性絶縁体の状態(母相という)を持っています(金属のときもある)。この母相に元素置換などで電子やホールを少しだけ注入することで、母相の反強磁性相互作用状態を色濃く有したまま少しだけ電気が流れて超伝導になります。
さて、東工大時代の2014年に鉄をベースとする高温超伝導体において、沢山電子を注入し母相の状態が薄まってしまったはずの領域で、第二母相が出現するという全超伝導体でも極めて珍しい現象を発見しました(図1) [1]。この物質には超伝導を示す領域(超伝導相という)がふたこぶラクダのように2山あるため、それぞれの母相が起源であると考えました。詳しくは昔の解説等[2]を参考にしていただきたいのですが、これらの母相は性質が異なるため、超伝導の性質も異なるのではないかと推測していました。しかし、試料が粉末でしか得られなかったために、その特定が難しいという面がありました。
今回出版した論文では、水素置換鉄系超伝導体LaFeAsOの上部臨界磁場の実験で2つの超伝導相の違いを明らかにしようと試みました。上部臨界磁場とは超伝導が壊れる磁場のことで、超伝導は磁石に弱いため磁場をかけていくと電子対が壊されて通常の金属へ戻ってしまいます。最初に予想したことは、右側の第二超伝導相のみ非常に大きな上部臨界磁場を持つのではないかということです。その理由は、第二母相に反転対称がない結晶構造のため、超伝導の対称性が通常と異なる破壊機構を持つ可能性があるからです。超伝導転移が高くなると対破壊の磁場も強力なものが必要で、実験は世界に誇る物性研の強磁場施設にて、博士研究員の河智さん(現、兵庫県立大)に行っていただきました。
さて、結果を見てみましょう。図2がそれにあたります [3]。結局、第二超伝導相における常識外の上部臨界磁場はバラ色過ぎる予想でしたが、全体の挙動が左右の第一と第二超伝導相で大きく異なることを発見しました。理論的予測を用いて解析すると、第一超伝導相では通常のs波を起源とするモデルでピッタリ合い、第二超伝導相ではs波では全く説明できませんでした。この物質では、相図半分から左側が多バンドで遍歴的、右側が単一バンドで局在的性質を持つため、第二超伝導相では異方的な超伝導ギャップを持つd波的性質が期待されます。残念ながらd波を起源する理論モデルを構築できなかったので、d波と確定するところまでは至りませんでした。今後の課題です。しかし、今回の発見で鉄系超伝導体で最も古典的物質であるLaFeAsOで、2種類の起源を持つ超伝導が存在していそうなことがわかりました。この物質は加圧すると谷間の電子注入域で超伝導転移が52 Kまで上昇することが知られており [4]、2つの超伝導が合算して転移点が増大したという可能性もあります。この辺りも超伝導の不思議な点でしょう。まだ謎は残されていると感じています。
図2 LaFeAsO1-xHxの上部臨界磁場の温度変化。SC1(x=0.12)ではバンド間相互作用を主とする拡張s波、軌道対破壊モデルで完全に記述でき、SC2(x=0.32)では拡張s波では記述できずバンド内相互作用を主とする銅酸化物的描像のスピン対破壊モデルと考えられる。
本研究は、2022年度に終了した元素戦略プロジェクトの支援を受けて行われました。その他にも試料合成や議論で、東工大の飯村助教(現NIMS主任研究員)、細野栄誉教授、物性研の徳永、小濱両准教授、KEKの倉本特別教授、村上教授他沢山の方々にお世話になりました。いつかミクロンサイズの単結晶でARPESを始めとする様々な実験ができれば、より詳しいことがわかると思います。そんな日が来ることを願って筆を置きます。
[1] Nat. Phys.10, 300 (2014).
[2] 固体物理 50(1) (2015); Sci. Rep. 6, 39646 (2016).
[3] Phys. Rev. B 108, L100503 (2023).
[4] Sci. Rep. 5, 7829 (2015).