皆さんは、タングステンおじさんという本をご存知でしょうか。著者であるオリヴァーサックス氏の少年時代、化学の面白さを教えてくれるのが叔父の「タングステンおじさん」です。タングステンは完璧な金属である、が口癖らしい。さて、タングステンは、1781年にスウェーデンのカール・ヴィルヘルム・シェーレが灰重石CaWO4から分離したものです。灰重石はパワーストーンで、創造力を高め、潜在能力を覚醒させ、傷ついた心を癒す効果があるとされています。ちなみに、灰重石をシーライトと呼ぶ人も多いですが、人名由来ですからシェーライトの方がよいでしょう。
今回の話は、このシェーライト構造を持つAOsO4 (A = K, Rb, Cs)についてです。この仕事は物性研助教時代のものですが、論文出版は最近です。元々、AOs2O6というAサイトのアルカリ金属が異常熱振動(ラットリング)を起こす超伝導体を合成していました。OsO4が昇華性の猛毒で合成条件もなかなか安定しませんでしたが、最終的には、AOsO4とOsを適切な酸素雰囲気下で合成することで良質な試料を得ることができました。合成中、AOsO4は5d1磁性体のはずと思い論文調べてみると、液相からの合成で構造もシェーライトであるの一言だけ。なので、きちんと仕事にしてみようと思い立ったわけです。合成は、A2CO3+Os+O2(from AgO)を封管中で一旦焼き、126超伝導体を消すため焼結体をO2加圧下でアニールします。このようにして作製した焼結体を粉末X線構造解析したところ、KOsO4とRbOsO4はシェーライトで、CsOsO4は少し歪んだ構造をしていました。図1に結晶構造を示します。左がK、右がCs体で、Csの方が少し歪んでいます。Os同士を結ぶと上下方向に引き伸ばされたダイヤモンド格子で、酸素はOsを中心とした四配位となっています。
磁気的な興味は、5dなのでスピン軌道相互作用の寄与、遷移金属酸化物に多い六配位との比較などです。酸素四面体配置なのでスピンはe軌道にあり、通常軌道角運動量は消失します。しかし、結晶場分裂が弱いため、t2との混成で軌道成分がでてきます。実験的にも、スピンのみの1.73 muBから減少しており、-0.3 muBほどの軌道の寄与が有りそうです。図2は、左がK, Rbの磁化率で、低次元系のような山を描いた後、TNで反強磁性転移を起こしています。点線はダイヤモンド格子モデルで、そこからのずれはまだ説明できておらず、e-t2の混成などを考える必要があるかもしれません。右がCsの磁化率で、150 K付近に構造転移起源の異常があります。Csは一見、相互作用が弱く面白みがなさそうですが、なんとモーメントは0.8 muBしかありません。むしろ、軌道との関連はCsの方に何かありそうです。残念ながら判明している物性はここまでですが、北大の速水氏によって理論的に面白い提案がなされています。四面体配位起源の非対称性スピン軌道相互作用によって、様々な多極子状態が現れるというものです。この検証には単結晶が必要なので、研究の進展はそれができてからになりそうです。興味がある方は挑戦してみてください。ただし、OsO4を吸うと目が遠くなり、遺伝子がやられますので気をつけて。
参考文献
[1] J. Yamaura & Z. Hiroi, Phys. Rev. B 99, 155113 (2019).
[2] S. Hayami, H. Kusunose, and Y. Motome, Phys. Rev. B 97, 024414 (2018).
[3] B. C. Gibb, Nat. Chem. 7, 855 (2015).